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●きょうは気持ちのいい朝です   mercredi 13 novembre 2013 [■脳梗塞のこと・通風]

左足首の腫れ、痛みが引かず(坐骨やヒラメ筋まで痛くなってきた)、3週間目に入ったので、産業医だけではなく専門医に検診。いつもなら5分で行ける目白・聖母病院まで20分近くかかって受診。

エックス線・血液・尿検査。骨や靭帯に損傷は無し。尿・血液の数値も取り立てて悪くない。
尿酸値の数字は半年前に9.0あった(7以上がヤバイ)が薬のため5台に下がっている。しかし、前週2、3日間服用を忘れていたなどから、数値の乱高下があり、通風の発作である疑いが高い、ということ。

靭帯損傷、骨折など外科的損傷ではなく、原因が薄っすらと見えてきたのでホッとする。
で、僕はなにを食べたら良いんだ。酒は数値下がっててもだめなのか、だめなんだな。節々に危険物質が溜まっているのだな。

聖母病院では妊婦さんが一番偉そうに歩いてるのがいいねえ。そういう体形だけど。

朝の8時半から、森田童子がずっと歌っていた。
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2013-11-05 [■脳梗塞のこと・通風]

10月28日(月)
未明、左足土踏まずに痒みのような違和感。朝内踝に腫れと痛み。床に足首を着くのも困難。右足に体重をかけて誤魔化す。
半年前に尿酸値が9.0あったので、ついに通風が発病したかと戦慄。
あまりの痛さに、ノーサイドクラブ竹内くんの約束をキャンセルし、タクシーで帰宅。

29日(火)
代休なので一日安静にするが、腫れと痛みは増す。足首全体が腫れてきたいよう。
神楽坂・泥味亭の大森さんのところに行く約束だったが、キャンセル。

30日(水)
産業医に検診。通常の降圧剤と尿酸値のほかに痛み止めを5日分。
数値的に通風ではなく、捻挫だろうとのこと。4~5日しても痛いようなら専門医に観てもらえばとも。何もせずに捻挫するか?

31日(木)
痛み、腫れとも引かず。踝から土踏まずにかけての患部が赤くなる。
深夜のトイレが辛い。
帰宅途中、高田馬場カモシカで登山用のスティックを購入。

11月1日(金)
帰宅時、神楽坂・泥味亭。笹正を少々。かなり痛い。

11月2日(土)
秩父宮ラグビー場で、日本×NZオールブラックス戦
高田馬場、渋谷の乗り換えとかなりキツイうえ、外苑前から秩父宮が長い。
帰りの地下鉄は耐えられそうもないのでタクシーにしたが、それが捉まらないうえに雨。
坂井君と西早稲田・源兵衛で天鷹を少々。痛い。Bくんは丸の内で大学のときの友人と食事。この差は酷い。

11月3日(日)
絶対安静で、秩父宮の早稲田の試合はテレビ観戦。
慶応×明治の試合を観ていいたらどうしても行きたくなり、開始20分前に自宅前でタクシーを拾う。
試合終了からタクシーに乗るまでがまた苦痛。
坂井君とは高田馬場で別れる。

患部の赤みが増す。このあと紫から黄色に変色していくのだろうか。
起床後の歩行の痛みは相変わらず。

11月4日(月)
痛みが少し引く。
痛みのため足首が90度以上だったが、強引に90度くらいに意識して戻す。固定器かサポーターがあればよいのだろうが。帰宅時の痛みは変わらず。

11月5日(火)
無理してまっすぐ歩こうとするのは無理。痛みもまだまだ続く模様。


●脳梗塞         mercredi 5 nov, 2008 [■脳梗塞のこと・通風]

先週10月28日(火曜)から病床に就いていました。

病名は一般的には「脳梗塞」や「脳出血」などでしょうか。それまでも、以降も病名の開示はありません。医学的専門知識はありませんが、僕の場合は出血があったので、「左被殻出血」が正式の症状かもしれません。

[3日前の25日(土曜日)、午後少し重い頭痛があるが、前日の飲酒のせいだと考え横になっている。
 翌26日(日曜日)は何事もなし。
 27日(月曜日)代休。「ノーサイド」で赤ワインをボトルで飲む。記憶が途絶えるほどの痛飲。
 当日、午後出勤のため昼過ぎシャワーを浴びるが、その時点で頭痛がしはじめるが、二日酔いの症状かと考える。
  地下鉄の中で頭痛、発汗がある。前に座っている人を正視できない。
  以上がここまでの前段階です]

午後3時半前、短めの仕事をこなした後、本格的な仕事に取りかかろうとしました。そうしたら文章の行間が狭くなったり拡がったり、関係のない観念連想が出てくる(内容に関係する平安時代の絵画が浮かんできたり)。
吐き気はないのだが気分が悪くなってくる。集中しようとすると関係ないことに気が取られ何も手につかない。この頭痛はどうしたのか。トイレに行ってみたり、空いている部屋で4~5分間くらいを潰した後、机に戻ったがやはり好転していない。

ここでもう普通の倦怠、吐き気、狭窄ではないと悟り、産業医のコハシ診療所に行くことにする。先ほどまでの症状を説明すると、すぐにでも専門医に行くべきだ、どこか既知の病院はないかというので「国立国際医療センター」の名前を出す。その場で連絡を取っていただき、紹介状を書いてくれた。
一時的にデスクに戻り早退をすることを、Hさんに伝える。

麹町からタクシーで数分足らず、早稲田戸山の「国立国際医療センター」に着き、そのまま救急室に。コハシ診療所より連絡されており、すぐに問診をされた後、CTを撮られたり、言葉のもつれや不規則な動きなどを確認する。両手の親指から小指まで早く握ったり開いたり出来るか。あるいは、爪先に片方の踵をつけ、またその爪先に踵をつけるように歩く。それを繰り返して歩けるかどうか。手の握りも踵を付ける歩行も出来ました。また左に描いてある簡単な家の絵を写すということもしました。自分ではあまり上手くないなと

CTによれば写真の右上部分が出血の痕跡であるということ。
その間いつの間にか横にならされている。また幾つかの質問がなされて、救急の7階フロアに廻される。いつのまにか多分高血圧を下げる点滴が注入され、内科の先生と看護士の方が緊急なことがないように観ていらっしゃる。

その後約2時間、兄が仕事の帰りから急に東京に向かい病院へたどりついた。既に8時がすぎていた。
担当医の方と兄の相談があったり、僕本人から兄に出来事の説明をしたりすることができるなど、自分の症状が極めて軽症なのだと納得されていった。

兄は午後10時過ぎになってから田舎に帰ることになった。ぼくは悶々とこの1日が終わるところだった。

[この1週間つづく。
 まことに幸いなことに、脳梗塞にも拘らず、言葉・行動とも顕在する影響は出ていません。
 この1週間のメモを書きつづります。まだ1日です]

これは退院後通院していた最後に担当の先生に頼んで頂いた、28日の僕の脳のCT写真です。退院前の写真では薄っすらとしか影(白い部分)はありませんが、今後の戒めとしてこの写真を頂いてきました。本当に幸運としかいえません。
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